龍 -諸葛亮-2011/02/23 16:55


凍てつく冬の向こうに
光の春が
必ず来ると信じるなら


人は
ただ無心に
耐えることができるのだろう


いつしか
不毛な日々に慣れ


ゆるゆると
虚ろな時を重ね


それでも


あきらめることを
良しとせず


道を示す兆しを
探し続けたなら


季節は
前へと進んでいくのだと


誰よりも
己自身に言い聞かせ


世の動きを
みつめ続けた


今まさに
雲間より光射し


待ち焦がれた春は
巡らんとす


目覚めよ
私の中の龍


蓄えた力のすべて
この胸に携えて


果てなき空へと
翔け行かん


(イメージポエム・諸葛亮)

姜維 (2)2007/01/17 22:56

駆け抜けし 我が生き様を 天に問う

         煌星(きらぼし)の君 今こそみまえん


1月18日は、姜維の命日と言われているそうです。
現代の暦にすれば、3月はじめくらいらしいですが。

魏の武将として生きながら、孔明の前に降りた姜維。
孔明の遺志を継ぎ、あくまでも魏との戦いに挑み続けた
その生き様は、時に批判をも受けています。
あまりにも無謀な戦いを続けたと・・・

けれど、たぶん姜維には、その生き方しかなかったのかも
しれないと思ったりします。
病をおしても、司馬懿との戦いに身を投じ、ついに五丈原に
斃れた孔明を見守っていただけに、姜維は魏との戦いから
逃げることなどできなかった。
蜀の国に、魏軍を立入らせぬこと、そのために何度でも
戦いに出向いたのでしょう。

残念ながら、この姜維の決意は、成都の宮中の者たちの
理解するところではなかった。
宦官らが権力を振るい、宮中は堕落しきっていたから。
亡き孔明が、もっとも嫌ったであろうその様子に、姜維も
どれほど心を痛めたことか・・・

蜀のため、最期まで戦い斃れた時、姜維の胸にあったのは
はたして何だったのでしょう。
導いてほしいと願い続けたであろう、天の星となった人に
ようやく会える・・・
そんな安堵の思いがあってくれたらいいと、ひそかに思います。

孫策2006/04/28 00:16

光降る春に逝く身の口惜しさ

         君よ受け継げ 熱き夢の旗


三国時代、江東の小覇王と呼ばれた孫策。
父孫堅の後を継いだ若き呉の君主は、なかなかの快男子だったとか。
闊達で、迷わず前に進む行動力を持ったリーダー、と言うイメージが
あります。
もし孫策が、26歳と言う若さで亡くなることがなかったら、三国の関係も
また違ったものになっていたかも・・・

孫策の命日は4月と聞きました。
まさに春爛漫、青春の真っ盛りで、以前倒した敵の残党に襲われ、
命を落としてしまった、なんとも惜しい話です。
後を託すのは、弟の孫権。そして、臣下にして幼馴染の親友であり
義兄弟の契りをも結んだ周瑜(しゅうゆ)。

まだ若い弟を支えてくれるはずの、誰よりも頼りになる親友に対し
孫策はどれほどの思いを遺したことでしょう。
夢半ばで斃れなければならなかった悔しさを、きっと周瑜こそは
身にしみて感じてくれているはずと・・・
この二人を思い浮かべる時、なぜかいつも、生き生きと風にひるがえる
美しい旗のイメージがよぎるのです。

姜維2006/02/25 17:20

志しをまげるにあらず 真実が

            導きて我 この運得たり


もともと魏の武将だった姜維が、なぜ蜀に降ったか・・・
三国志演義では、どうも孔明の策に見事落ちてしまったようにも
書かれています(笑)
疑いをかけられ、城に戻れなくさせ(このあたりも、演義では孔明が
そのように仕向けたようになってるんですねえ)、心底落胆して
しまったところに、「これこれ」と、いかにも物分りよく説得されれば、
そりゃねえ(^^; 孔明、かなり悪者入ってます(笑)

正史では、やはり疑いをかけられ、たどり着いた城門をも閉ざされ、
戻るところをなくして、諸葛亮のもとに赴いた、とだけ。
こういう場合、はたして人はどの道を取るか・・・
とことん疑いを解こうとする、でもどうやら無理っぽい(^^;
いっそどこかに逃げてしまう、落ちぶれるばかりかも(-"-;)
死んで潔白を証明する、かなり虚しい(:_;)

結局、これが運命と覚悟を決めて、敵方に降る。
姜維の場合、大正解だったと言うべきでしょうか。
諸葛亮は、姜維の才能や人柄をきっちり認めてくれたのですから。
おそらく降るにあたり、当然姜維の方も諸葛亮の人となりの噂は
聞いていたのでしょうし、この人なら、と賭けに出たのかも。
人の運命は、どこに新たなる道の入り口を用意してくれているのか
誰にも予想できませんね。

諸葛亮2006/01/24 00:33

降り込める雪に隠れし我が道に

           気づく人もなし 春はまぼろし


珍しく今年二度目の雪が降ったのが数日前。
車で走ると、田畑にはまだかなり雪が残っていました。
人の踏んだ跡もない、真っ白な雪・・・
きれいでありながら、どことなく寂しい。

ふと、劉備の訪れを受ける前の孔明を思い出しました。
溢れる才と、それを思う存分活かしたいと言う夢とを持ちながら
誰にも見出されず、田畑を耕す生活をしていた孔明。
晴耕雨読、とはのどかな響きですが、それははたして孔明の
本当の心境だったのかどうか・・・
「いつかは」と言う希望は、「もしかしたら、いつになっても」と言う
不安と背中合わせだったのではないでしょうか。
それに耐えることもまた、孔明にとっては必要なことだったのか。

まぼろしかとも思われた春は、やがて確実に孔明に訪れることに
なるわけですから。