小説は難しい!2008/12/10 00:23

新選組の小説「天狼の哭く夜」の二回目を、ようやくアップしました。
う~む、難しい。
当たり前のことですが、小説と言うのは、本当に難しいですねえ。

私の場合、いつも書きたいイメージがなんとなく浮かぶと、その後の
プロットなどは、かなりいい加減なまま、書き始めてしまう。
漠然とした展開は、頭にあったりするのですが、それすらも途中で
どんどん変わってきてしまうことがあります。

書こうと思うシーンを、映像として思い描いてみてはいるのですが、
それを文章にした時に、はたして読んで下さった人に伝わるどうか。
自分の文章を客観的に読むのは、難しいですね。
どうしても、「自分だけわかっている」状態になってしまいます。

なので、とりあえず形になったものは、すぐにアップしたいのをぐっと
我慢して、いったん保存してパソコンを閉じます。
次の日、何も考えない状態で読み返してみて、不自然なところ、
足りないところ、余分なところなど、ひっかかる部分をあれこれ手直し
してみます。
そこで、また保存したまま、我慢(笑)
さらに次の日に、もう一度読み返し、ひっかかりが気にならなくなったら
ようやくアップ。

それでも、やはり読み返すと、「これでどうなんだろう」と、頭をひねること
多々あります。
なかなか満足するものは書けませんねえヽ(´ー`)ノ
それでもつい書いてしまう。因果なものです(笑)

拙いお話を、読んで下さった方、本当に感謝しています。
ありがとうございますm(__)m

顔は見えない・・・2008/12/18 22:57

歴史もののお話を書いていて、ふと思ったこと。
たとえば、新選組にしても、今までいくらでもドラマや映画、漫画などに
なっています。
いろいろな役者さんが演じるごとに、いろいろなイメージの人物が生まれ、
漫画やアニメ、ゲームなどでも、いろいろな顔や姿に書かれ・・・
きっと、中には、すっごく自分の好みに近いイメージもあると思うのです。

沖田総司について言えば、司馬遼太郎さんの書かれた「新選組血風録」の
中の沖田さんは、かなり面白かった。
淡々として、飄々として、明るくて、ちょっと掴みどころがなくて。
一番素敵だなと思ったのは、大内美予子さんの書かれた「沖田総司」の
沖田さん。
爽やかな透明感があって、どこか悟ったようなところもあって、ちょっと
切なくて・・・

斎藤一に関しては、やはり司馬さんの「新選組血風録」の中の斉藤さんは
渋くて、落ち着きや凄みもあってよかった。
とにかくかっこよかったのは、大河ドラマでオダギリジョーさんの演じた
斎藤さん。
最近はまったゲーム「薄桜鬼」の斎藤さんも、素敵でした。
自分の中の武士と言うものに、とことんこだわって、新選組のため、誇りのため
自分を顧みずに無理をしてしまう。
強いのに、反面、張り詰めた糸がいつか切れてしまいそうなあやうさを感じさせ、
目が離せない、なかなか魅力的な斎藤さんでした。

と言う具合に、いいなあと思う沖田像、斎藤像は確かにあり、それが少なからず
自分の書く小説の中にも影響しているのだろうとは思うのです。
それでも、ふと「違う」ことに気づく。
どれほど、素敵だなと思う人物像があって惹かれていても、自分の書いた
中で動き回るその人は、それまで見たどのイメージとも微妙に違っている。
(と、自分では思っているのですが)

きっと、それまでに自分の中にあった、様々なイメージがミックスされて
似ているようで違う人物が出来上がるのかもしれない。
書き始めると、その人物が、自ら動き出す・・・いえ、そうであってくれれば
いいのですが(^^; けっこう苦労して動かしてます(笑)
でも、書いて、冷静に(のつもり)読み返していると、「違う、この人はこんな
ことは言わない」とか、「こんな行動はしない」と気づくことも多いです。
その辺りが、自分の中でしっくりするようになって、ようやくアップしようと
思えます。

で、そんなふうに生まれた人物、どうも顔が見えないんです。
登場人物の動きや表情を想像しながら書いていて、その光景や姿は
おぼろげに思い描いているのですが、さて、その顔はとなると、まったく
わからない(笑)
今までに見た映像の中で、素敵だ~と思った、どの顔も浮かんできては
くれないのです(^^;
なぜだろう、やっぱり違うんだなぁ、きっと。
自分の中の人物像は、書き始めた瞬間から、新しく生まれて、今まで見た
誰とも違うのだろう、と・・・

いつか、自分の書いた人物の顔が見えてくる瞬間があるのでしょうか。
それとも、ずっとのっぺらぼうのままなのか(笑)
先の見えないまま、今日もまた自分の書いた人物の行動を、必死に
想像する私がいるのであります(^^;